2012年5月15日火曜日

純情パラノイア☆彡 ★君色メロディ。 白薔薇姫の叶わない恋のお話。(完結)


高校初めての夏。
もうすぐ吹奏楽部の全国大会。

…合宿も控えているし、今年の夏は忙しくなりそう。

今日は私が食事当番。
スーパーで食材を買い揃え、真夏の暑い道を一人歩く。

「はぁ…坂道きっついなあ」

そう独り言を漏らしたら、不意に後ろから声がした。

「近藤さん」
「え?」

振り返ると、そこにいたのは東堂先輩だった。
そういえば、先輩のお家ってこの辺りだったんだっけ。

「手伝おうか?」
「え…いいんですか?」
「うん。それ持つよ、貸して」
「わぁ!ありがとうございます!」

私からひょいっと買い物袋を取り上げた東堂先輩が私の歩幅に合わせて、ゆっくりゆっくり坂を上る。
私やお姉が東堂先輩と並ぶと親子かと思うくらいに大きさが違う。

…その身長を5センチでいいから分けていただきたかった。

「東堂先輩、今日はバイトですか?」
「ああ、近藤さんは?制服着てるけど」
「私は吹奏楽部の練習で…」
「なるほどね…ん?」
「え?」

突然、後ろから坂を駆け上がる激しい足音がした。
次いで聞こえたのは…日常的によく聞くあの人の声。

「隙ありーーーーー!!!!」
「ぎゃあああ!!」
「きゃあ!東堂先輩!!!」

…お姉だった。
お姉の飛び蹴りを東堂先輩はまともに喰らった。

「よぉっす、二人とも」
「……近藤先輩」
「ちょっと!お姉!何するのよ!」
「いや、東堂がいたから挨拶してやろうと思って」
「飛び蹴りのどこが挨拶なのよ!もう、恥ずかしいからやめて!!」
「うっさいなあ…」

でも東堂先輩は大変不自然な体勢で転んだものの、何とか買い物袋をぶちまけないよう計らってくれたらしく中身は無事だった。

お蔭で助かった。
なんたってその袋には卵も入ってたんだから。

「…はぁ、先輩は中学からまったく変わりませんね」
「ちょっと!どういう意味よ!!」
「いい意味ですよ。はい、着きました」

家の前まで着くと東堂先輩が買い物袋をお姉に差し出した。

気のせいだろうか。
なんだか東堂先輩のお姉を見つめる目が、寂しい。

「……近藤先輩」
「ん?」
「…あ、いえ!なんでもないです。あー…それじゃ、俺はこれで。近藤さん、さよなら」
「あ!ありがとうございました!!」

手を振り別れて、私達は家に入った。
なんだかさっきの東堂先輩…様子がおかしかったな。

それはどうやら私だけの勘違いではなさそうだった。

「なぁんかさ、東堂変じゃなかった?」
「お姉もそう思う?」
「なんか変なもん食ったんかな」
「……お姉ってほんとデリカシー0よね」
「はぁ〜〜〜!!!!???」

東堂先輩の話題もそこそこに私達の話題は次第に別のものに移ってく。
絵美さんのことだ。

「え?じゃあ、今年は絵美さんと出かけたりしないの?」
「んー…忙しいんだってさ」
「まぁ、絵美さんみたいに一流大学進学目指してるなら当然か」
「だからってさぁ〜一日も遊ぶ余裕ないわけないのにぃ」
「いい加減絵美さん離れしなよ、お姉。それでなくてもあーんなに素敵な親友がいるってだけで奇跡なんだから」

絵美さんは学園でも一、二を争う才媛だ。
容姿端麗、成績優秀、品行方正、スポーツ万能。
おまけに人格は聖職者が裸足で逃げ出すほどの清廉潔白。

…そんな人が中学からずっと親友なんだから、お姉は贅沢ってもんだ。
なのにお姉ってば冷たい麦茶を呷りながら、まだブツブツ言ってる。

「え、吹奏楽部も合宿なの?」
「そ。でも、私にとってはただの合宿じゃないんだよねー」
「どゆこと?」
「だってー!秋月先輩と一週間も同じ屋根の下なんだもん♪ゆずる幸せすぎて怖い…」
「あっそ…あたしはあんたが怖いわ」

お姉はそう言うと結わい付けていた頭のお団子をほどく。

低い身長を気にして、中学の頃からずーっと頭のてっぺんに結わえたあの物体は今やお姉のトレードマークだ。
ほどいた髪はもう腰の長さまであって…ほどけばまだ女らしく見えるのにと私は一人ごちる。

「てかさ、秋月さんが好きだとか超不毛じゃんか。いい加減彼氏でも作れば?」
「余計なお世話ですーっ!絶対いや、男なんてお断り!」
「…あそ」

私はお姉と違って、無い物ねだりはしない。
自分の容姿が十人並みなことをよく理解しているし、低い身長や幼児体型を利用して自分を可愛く見せる術も知ってる。
お姉もそうすればいいのに…ガラじゃないとか鳥肌立つって言って、絶対にしない。

…まあ、たぶん見てくれだけどうにかしてもガサツな内面はどうしようもないだろうけど。

「彼氏とか人に言う余裕、お姉にはないんじゃないの?」
「う…うるさいなあ!あたしは受験生なの!忙しいの!恋は大学デビューしてからって決めてんの!」
「ふーん…」

嘘ばっかり。

「…ま、お姉がそう言うならそれでもいいけど」

お姉は…たぶん、設楽先輩のことが好きだ。
お姉の性格からして、絶対にそれを認めることはないだろう。

なんたって、お姉はずっと設楽先輩が嫌いだったんだから。
それが、今年に入って突然これだ。
今まで散々絵美さんのこと『趣味が悪い』とか『なんであんなのが好きなんだろ』とか言っちゃってたくせに。

自分まで好きになってちゃ世話ないよね。
絵美さんは絵美さんでお姉のこと見て見ぬふりだし…女の友情も男が絡めば終わりなのかな。


"大人のための減量ブートキャンプ"

「…あーあ、設楽聖司なんかのどこがいいんだろ」
「は、はぁ!?な、なななななななに言ってんの!?あ、あた…あたし、は…べ、別に!!!」
「お姉じゃないわよ、バーカ」

秋月先輩に絵美さん…
あんな美少女達ばかりか、お姉みたいな色モノまで虜にするとは…設楽聖司、恐るべし。

ていうか羨まし…あぁ、いやいやいや……

とにかく!今度秋月先輩を悲しませたら、本当に呪い殺してやるわ。

そうよ!
花椿先輩と宇賀神先輩がいない間は私が秋月先輩を守らなくっちゃ!!

秋月先輩に憧れて入部した吹奏楽部、始めたサックス。
だけど、今はその吹奏楽部もサックスも私の青春には欠かせないものになってる。

それもこれも全部、私の学生生活に潤いとときめきを与えてくれる…

「おはよう。ゆずるちゃん、今日からよろしくね」
「は、はい!こちらこそよろしくお願いいたします!秋月先輩!!」

秋月先輩のおかげだわっ…!!

「あの、秋月先輩!私…」
「おい、桜。グズグズするな」
「あ…はい!じゃあまた後でね。ゆずるちゃん」
「はい…」

憎い…
にっくいわあ!設楽聖司!!

私ですら、秋月先輩のこと苗字でしか呼べないというのに呼び捨てですってぇ!?

「ゆ、ユズ…そろそろ移動しないと遅れるよ?」
「憎い…悔しいぃ…設楽聖司ぃ……!!!」
「またゆずるの病気が始まった…」

友達に引き摺られながら、私は秋月先輩と設楽先輩の真後ろを歩く。
仲良く歩く二人が眩しい…。

設楽先輩と仲直りした秋月先輩は最近またぐっと綺麗になった。
悔しいけど、秋月先輩は設楽先輩と一緒にいる時が一番楽しそうだし、嬉しそうだし…幸せそうだ。

設楽先輩なんて、秋月先輩と一緒にいたいから
こうして吹奏楽部員でもないのに合宿にまで参加しちゃってる。

「諸君、揃っているようだな。今日のスケジュールを説明する。時間厳守を心掛け…」

氷室先生の声が音楽室に響く中、私はこっそり秋月先輩を盗み見る。

音楽室の隅、ピアノに一番近い席。
ここがいつもの私の定位置。

その隣には設楽先輩。

「桜、音合わせるか?」
「はい!お願いします!」

個人練習の時間になって、秋月先輩はいつものように設楽先輩と音を合わせる。
設楽先輩のピアノと秋月先輩のサックスの音が流れ始めて、いつの間にか音楽室にいた全員が耳を傾けてる。
秋月先輩に嫉妬している三年生のお姉さま達まで設楽先輩と秋月先輩の演奏にうっとりと耳を傾けていて…

その透き通るような旋律は、涙が出そうになるくらい綺麗だった。

演奏を終えた後、秋月先輩は何も言わずにただ設楽先輩と目を合わせて小さく頷いた。
そして、その瞬間…私の手は痛いくらい拍手を打っていた。
私だけじゃない。

一年生も二年生も三年生も…
あの氷室先生だって、感動のあまり強く手を叩いてた。

やっぱり秋月先輩はすごい。

「え?」
「……」
「すげぇ!!」
「感動しちゃった!!」
「すっごく素敵でした!!設楽先輩!秋月先輩!!」

悔しいな。
羨ましいな…。

どうしたって、私は…秋月先輩に憧れてることしかできない。

せいぜい可愛い後輩止まりの私。

こんなとき、ちょっとだけ絵美さんやお姉が羨ましい。

私よりはずっと真っ当な恋してる二人が…羨ましい。

その日は一日中、そんな気持ちでいっぱいだった。

「「あ……」」
「ユズ…」
「お姉…」

合宿一日目の夜。
合宿所から少し離れた大浴場に向かえば、お姉に出くわした。
姉妹仲がいい方でもないから、こういうとこで出くわすと気まずい。

「あたしはお風呂入りに来ただけじゃんか」
「私だって!」
「愛しの秋月さん誘ってデレデレしながら来るのかと思ってた」
「……だって、秋月先輩にはずーっと設楽先輩が張り付いてて近づけないんだもん」

私の言葉にお姉の顔が歪む。
あーあ、無理しちゃって。

「なに?気になるの?」
「な、なるわけないじゃんか!!」
「ふーん…ま、いいけど」

シャワーのお湯を頭から浴びる。
お姉も私の隣に座って、髪を洗いだした。

姉妹でお風呂に入るなんて何年振りだろ…
お姉は相変わらず…

「なによ」
「ううん、育ってないなって」
「うっさい!見んな!」
「…いや〜それにしても、見事に元通り…というか、前より断然イイ感じだよね?二人」
「……そう、かな」

秋月先輩!!
まだ泡だらけのままの頭を振り向かせれば、その先には秋月先輩と花椿先輩がいた。

…眩しい。
ミューズが地上に降りてきたのかと思っちゃった…

「ユズ、見過ぎ」
「目の保養じゃんか」

お姉に頭を掴まれて下を向かされる。
ちっ、いいとこだったのに。

「とぼけちゃって!…で?最近の設楽先輩はどう?」
「ん、すごく優しいよ?でも相変わらず意地悪だし、私のこといじめるし…」
「うーん…設楽先輩の場合、好きな子をからかっちゃうっていう小学生レベルで止まってそうだからなあ…」
「ふふっ、それはいくらなんでも先輩がかわいそう」

ああああああ…
憎い!憎い憎い憎い!
本当ににっくいわ!

私の秋月先輩がいつかは設楽先輩の物になっちゃうのかな…
設楽先輩にあんなことやこんなことやそんなことまでされちゃったり…!!
いやあああ…

「ユズ、顔」
「お姉こそ」

同じく鬼の形相と化したお姉がギリギリと歯ぎしりしながらの頭を洗ってた。
まったく素直じゃない。


痛みセンター、サウスカロライナ州

でも、ハッキリ言ってお姉にはこれっぽっちの望みもないのに秋月先輩に嫉妬するなんて馬鹿みたい。
設楽先輩は嫌いだけど、秋月先輩が設楽先輩のことすっごく好きなのは知ってるから…
二人には幸せになってもらいたい。

…あぁ、私ってなんて健気なんだろ。

「あ、ねぇねぇバンビ!良かったらさ…これ使わない?」
「え?可愛い!これ…なぁに?」
「イチゴの香りのボディソープ!可愛いバンビにピッタリでしょ?アタシはこっちのラズベリーがあるから。イチゴはバンビにあげる♪」

イチゴ味の秋月せんぱ…あ、違った。
イチゴの香りの秋月先輩かぁ…

美味しそ…あ、いやいや違う違う。

「いい香り…。本当にいいの?」
「うんうん!だってこぉんな美味しそうな匂いさせてれば、設楽先輩きっとドキドキしちゃうよ?」
「…もう!すぐからかうんだから…」
「あーん!もうアタシがバンビを食べちゃいたい〜!!」
「わっ!!カレン!!くすぐったいよぉ!!」

花椿先輩、余計なことを…っ!
そんなことして、あのスケコマシに秋月先輩が手込めにされちゃったらどうするんですかぁああ!

握りしめたスポンジが今にも千切れそうで、私は慌てて力を緩める。
危ない危ない…

じゃれ合う美少女二人を鏡越しにチラ見して、何とか心を落ち着けた。

「あれ?あれれれれ?」
「え…な、なに?」
「バンビ…また育っちゃったんじゃないの?胸!」
「そ、育ってないよ…」
「ううん、育ってる!絶対育ってる!!」

…はぁ、羨ましい。
私は自分のなけなしのささやかで儚げな胸を見つめて溜息をついた。

「これがいずれは設楽先輩の物になるのかぁ」
「ちょ…!!か、カレン!!」
「設楽先輩に揉んでもらったら、もっと成長しちゃうね。んもう、バンビったら!!」
「も、揉んでって…へ、変なこと言わないで!もうっ!!」

いやあああああああ!!
やっぱり設楽聖司が憎い〜〜〜〜〜〜!!!!!!

「照れない照れない!」
「う〜〜〜〜…照れてないもん」

はぁ……盛大な溜息をついた私達姉妹はそれぞれの胸のうちに色んな想いを巡らせていた。

「あれ…?やっぱり!ゆずるちゃんでしょ?」
「あ…秋月先輩もいらしてたんですね!」

突然、秋月先輩からお声がかかった。
こっちに気付いてくれたんだ…!!

笑顔でこっちに移動してくる秋月先輩と花椿先輩はまさに地上に降りた天使…!!
生きてて良かった。

「ちょっと〜なになにバンビ?こぉんな可愛い子捕まえちゃって!!アタシというものがありながら浮気!?」
「もうっ!カレン、変なこと言わないでよ」

キタコレ!!
なんておいしいのかしら!!

秋月先輩、私一夜限りでも浮気でも気の迷いでもなんでも構いません…!!

そんな心の声は隠して、私はあくまで普通の女の子を装う。

「か、可愛いだなんてそんな…」
「おぉ!恥じらう姿もカワイイ!えっと…ゆずるちゃん?」
「は、はい…近藤ゆずると言います。よろしくお願いします。花椿先輩」

先輩の前では可愛い女の子でいなきゃ。
憧れ以上の気持ちがあることを悟られないように。

「あ…お友達と一緒だったんだ?ごめんね」
「あ、いいえ!こっちは姉です」
「お姉さん?」
「はい。めぐる姉さん、こちら私がいつもお世話になってる……」
「ごめん。ユズ、あたしのぼせてきたから先に上がるね」
「あ…うん」

なにそれ、抵抗のつもり?

「すみません、愛想のない姉で」
「ううん、本当に辛そうだったよ。一人で大丈夫かな?」
「大丈夫です!」

この状況でお姉と先輩達を天秤にかけるまでもない!!

「そう…?でも、やっぱり心配だから私…」
「え!?」

突然秋月先輩が立ち上がるので、私は慌てて自分も立ち上がった。
お姉の世話を秋月先輩にさせるわけにはいかない…!!

「だ、大丈夫です!!あの、私が行きますから!!」
「そう?…じゃあ、そうしてあげて」
「はい。失礼します!」

もう〜〜〜!!お姉のバカバカバカ!!

慌ただしく脱衣所まで戻ると、お姉は隅の方で着換えていた。
なんとも情けない後姿。

…落ち込んでるのかもしれない。

「……めぐる姉さんって気持ち悪いんだけど、猫被り」
「うるさいなあ…いいでしょ、別に」
「ていうか…あんた、何しに来たの?」
「秋月先輩がお姉のこと心配して出て行こうとしたから、私が来たんです」
「あそ…」

脱衣所を出て、大浴場のロビーまで出ると設楽先輩がいた。
秋月先輩を待ってるんだろう。

隣のお姉を見れば、なんだか思い詰めた顔してる。

まさか…と思った。

「設楽くん!」

…嫌な予感的中。

お姉は設楽先輩に声をかけた。
どうせ名前も覚えられてないのに…なにやってんだか。

「……なに?」
「えっと…合宿来てるんだ」
「ああ…」
「吹奏楽部?」
「…まぁ」

わかりきったこと聞いちゃって…知ってるくせに。

「………」
「え…あの、なに?」

設楽先輩がじっとお姉を見るから、お姉ったら真っ赤になっちゃった。
こういう自覚のない誘惑はやめていただきたい。

…まぁ、設楽先輩が綺麗だからこうなるだけなんだけど。
他の男子じゃこうはいかない。そこは認める。

「……おまえ誰?」
「はぁ!?」
「ぷっ…」

やっぱり。
お姉ってば、顔も覚えられてないじゃない。

予想通りの設楽先輩の反応に私は思わず吹き出してしまった。


日付の痛み

「ちょ…三年間同じクラスでしょ!ていうか、一学期ずっとあんたの隣の席だし!!」
「………隣の席?」

思いっきり眉間にシワを寄せた設楽先輩は顎に手をやって考え込む。
すると、なんとなく思い出せたのか小さく『あぁ…』と溢した。

「あの団子頭のチビか」
「うっさい!」
「デカい声出すな、うるさい。髪型が違うからわからなかったんだよ」

まぁそれはあるかも。
設楽先輩の視界には団子くらいしか入ってないんだろうな。
私もこの間『あのおさげ女』って言われたし。

設楽先輩にとって、お姉なんて隣の席に座ってるかどうか思い出そうとしなきゃ思い出せもしない存在なわけで。

「その方がちゃんと女に見える」
「……」
「なんだよ…褒めたんだろ」

…褒めたんだ、それ。

「し…しっつれいなヤツ!!行くよ!ユズ!!!」
「え…あ、うん…失礼します、設楽先輩」

お姉に腕を引かれて、私はその場を後にした。

「お姉!お、お姉ってば!!痛い痛い!!ちょっと…!」

ずんずん歩いてくお姉の腕を振り払うとお姉は立ち止まる。
私はじんじん痛い腕をさすって、一言文句を言ってやろうと思った。

「もう、一体なに…」
「どうしよう…」
「は?」
「なんで…ドキドキしてんの、あたし」
「…お姉」
「ダメなのに…設楽くんは、絵美の好きな人なのに」

小さな肩を震わせて、お姉は顔を俯ける。
こちらには背を向けているから、私にはお姉の顔が見えない。

でも…

「なんで……」

きっと泣いてる。



吹奏楽部は部員が多い。
それははば学の中でも、この部が特に伝統と歴史のある部だからだろう。

女子だけでもかなりの人数がいるので、部屋も二つ用意された。
もちろん私は秋月先輩と同じ部屋。
さりげなく、隣の布団を陣取る。

「先輩。ここ、いいですか?」
「うん、もちろん。寝相悪かったらごめんね」
「そんな!気になさらないでください!!」

むしろこっちに転がって来て欲しいくらいです。

「ねぇねぇ、桜!さっきの話の続き!!」
「え?」
「設楽先輩とはどこまでいったの!?」
「…ど、どこまでって…そ、そんなの全然ないよ!付き合ってないし…」
「えぇ〜!?本当に付き合ってないの!?」
「いいんだよ、桜!こっちには三年のお姉さま方いないんだから遠慮しなくても!」
「し、してないよ!!」

真っ赤になった秋月先輩を囲って、二年女子のお姉様方が興味津々とばかりにきわどい質問を繰り返す。
深夜まで続くガールズトーク。

ある先輩が『設楽先輩ってどんな人?』と秋月先輩に聞いた。

「…どんな、かぁ」

考え込んでいるのか、それとも噛み締めてるのか…秋月先輩の横顔は優しくて穏やかだった。
月明かりが零れる中、私は襲いくる眠気と必死に戦いながら秋月先輩の声を聞く。

優しくて、ちょっぴり甘いその声が私はとても好き。

「……私も、まだわからないこといっぱいあるんだ。設楽先輩のこと」
「でもさ、設楽先輩と仲よくしてる女の子なんて桜くらいでしょ」
「うーん…でも、毎日毎日先輩の新しい一面とか可愛いとことか知ってね。その度にどんどん…」
「好きになっちゃう?」
「………うん」

きゃああ!って小さな悲鳴が上がって、しーっと誰かがそれを制する。
秋月先輩が設楽先輩のこと好きなのはずっと知ってる。

私の恋は最初から負け試合。

だけど…

『きゃ!』
『あ、ごめんね!大丈夫?』

中学三年の時の文化祭、友達とはぐれた私は一人校舎で友達を探してた。
そんな時…秋月先輩に出会ったの。

『は、はい。大丈夫です』
『よかった…本当にごめんね。あ、中等部の人?』
『はい。あの…すみません、友達とはぐれてしまって…生徒会室はどこでしょうか』
『生徒会室はこっちだよ!良かったら、一緒に行こう?』
『ありがとうございます!』

優しい笑顔に心細い気持ちが一気に飛んでった。
秋月先輩の笑顔は…どんな綺麗な女の子でも叶わない。

そんな不思議な魅力がある。
まるで……その周りに花が咲いたみたいになるの。

『紺野先輩!すみません、お友達とはぐれちゃった子が…』
『ん?あぁ、わかった。放送を流そう。さ、どうぞ』
『はい、すみません』
『それじゃ、私はこれで』
『あ…』

秋月先輩が小さく礼をして、生徒会室を出ようとした時…
私はこのまま離れたくないって思った。

だから、勇気を出した。

『あ、あの…ありがとうございました!先輩!!』

私の声に振り返って、秋月先輩が優しく微笑む。
やっぱり…その笑顔に目を奪われた。

『私、吹奏楽部なの。この後、もしよかったらお友達と聴きに来て』

差し出された吹奏楽部の演奏会の案内。
私はそれを受け取って、何度も何度も頷いた。

『またね』

あの後見たステージの上の秋月先輩は…すっごくカッコよくて、もっともっと先輩を知りたいって思った。
だから、私は報われないと知ってても先輩を好きでいることがやめられないんだ。

設楽先輩に渡すのは嫌だけど…

「設楽先輩のこと、もっとたくさん知りたいなって…思うんだ」

今となっては、設楽先輩以外の男に秋月先輩を持ってかれる方が……嫌だもん。

「素敵ですね…」
「ふふっ…ありがと」
「私も…秋月先輩の、こと……」

もっと知りたいな。

そう言おうとしているのに、もう意識が朦朧としてて…うまく言葉が出てこない。

「ゆずるちゃん…?」


ねぇ、先輩。
私…好きでいても、いいですよね。秋月先輩のこと。

…設楽先輩とのこと、私……応援してますから。
だから、もう少しだけ…

「…おやすみ、ゆずるちゃん」

その声がすごく優しくて。
私の頭を撫でてくれる手がすごく優しくて…私は泣きだしそうになる。

お姉も絵美さんも東堂先輩も私も…報われる恋ができればよかったのに。
世の中はうまく出来てない。

秋月先輩の事を想いながら、私はゆっくり眠りに落ちた――・・・

「おはようございます!秋月先輩」
「おはよう。よく眠れた?」
「はい!バッチリです。先輩、早いんですね」
「うん、ちょっと目が冴えちゃったから早朝トレーニングしてきちゃった。まだ時間あるし、朝風呂行って来ようかなって」
「わぁ…あの、ご一緒してもいいですか?」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます!」

まだ寝ている先輩もいる中で、私は秋月先輩について大浴場に向かうことにした。
合宿所のロビーまで降りると設楽先輩がつまらなそうに頬杖ついて、テレビを見ていた。

「設楽先輩!」
「……遅い」
「すみません…」

どうやら設楽先輩も途中まで一緒らしい。
私が秋月先輩の背からそっと顔をのぞかせると、設楽先輩が怪訝な顔をした。

「なんだ、それ」
「え?ゆずるちゃんも一緒に行くって話になって」

それって…失礼なヤツ。
でも、気にせずにっこり笑いかけた。
我慢、我慢よ。

「すみません、設楽先輩。ご一緒させていただきますね」
「……」
「じゃあ行きましょうか!」

あからさまに嫌な顔をした設楽先輩を無視して、私は秋月先輩の腕に掴まり歩き出した。
設楽先輩の眉間にシワができる。

「秋月先輩!お背中流しますね」
「え?い、いいよ、そんな…」
「そんな遠慮なさらずにぃ!」
「そいつが遠慮してるように見えるのか?してないよ、むしろ嫌がってる」

お邪魔虫め…。
私は出来るだけ、瞳を潤ませて心細げに秋月先輩を見上げてみせる。

ハッキリ言って、私は芝居の才能があるんじゃないかと思う。

「嫌…ですか?秋月先輩」
「え!?い、嫌じゃないよ!じゃ…じゃあ洗いっこにしよっか?」
「えぇ!?いいんですかぁ!?」
「おい、桜!」

ふふん、どうよ設楽聖司。
まだあんたも触れてない秋月先輩に私が先に触れちゃうんだから。
羨ましいか。

「これくらい、女の子同士なら普通ですよ?設楽先輩。ね?秋月先輩♪」
「どこがだよ…あぁもう…あぁ」
「ふふっ、もう…ゆずるちゃんってば」

明らかに機嫌の悪い設楽先輩をしり目に私は秋月先輩にいっぱい甘えてみた。
秋月先輩は嫌がらなかったし、私の頭をいい子いい子と撫でてくれた。
二人のおしゃべりも弾んだし…でもその間、設楽先輩がものすごーく睨んでたのを私は知ってる。

「…なんなんだよ、もう」

いいじゃないですか、その内こんなこともできなくなるくらい二人の距離は縮んじゃうんでしょう?
だったら…今のこの一瞬くらい、下さいよ。

秋月先輩の腕にしがみつきながら、私は設楽先輩を見て勝ち誇ったように笑って見せた。
その瞬間の設楽先輩の顔ったら…思い出しただけでも笑える。

「………っ!」

設楽先輩、絶対に秋月先輩を幸せにして下さいね。
でなきゃ……

「…呪っちゃいますから」
「は?」
「え、何か言った?ゆずるちゃん」
「いいえ!なんでもないです、先輩♪」

私のライバルは女の子なら誰もが一度は目を奪われるような見目麗しく、口が悪い、悪態ばかりの王子様。
私のお姫様を…唯一幸せに出来る人。

「秋月先輩…私、先輩が好きです!尊敬してます!!」
「ふふっ、私もゆずるちゃんのこと好きだよ?」

その好きは私の好きとは違うけど、まだ設楽先輩ももらってないだろうから。
ちょっと優越感。

「なんなんだ、おまえらは……いちゃいちゃいちゃいちゃ…」

大浴場に着くまでの道のり、私はゆっくりゆっくり歩く。
もう少しだけ、王子様を虐めて差し上げたかったから。

「今日もいい天気!頑張ろうね」
「はい!」

でも、合宿四日目の夜。

「…憎い、にっくいわぁ!!!設楽聖司〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「ユズ!!落ち着いて!」
「ゆずるちゃん、静かに〜〜〜!!」

設楽先輩に会いに男子の部屋に行ったまま帰って来なかった秋月先輩のことを思って、のた打ち回ることになるのを…この時の私は、まだ知らなかった。



初めてのゆずるちゃん視点でした!!もうないけど、たぶん。

ちなみにこの後、ゆずるちゃんが出てくる君メロの吹奏楽部全国大会はこちら
非常に猫被りな彼女ですが決して悪い子じゃないんです(笑)
本気でバンビが好きなだけなんです(爆)

津波☆彡



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